スイスに一年間長期出張します

平成28年度 ジョン万プログラムOverC+ 研究者派遣プログラムに採択され、10月からの一年間スイスのルガーノに滞在することになりました。

申請から採択まで、中村センター長、喜多教授をはじめ多数の皆様にご尽力いただきました。本当にありがとうございます。また京都を留守にする間、多くの皆様にご迷惑をおかけいたしますが、何卒よろしくお願いします。

採択までの経緯については「ジョン万への道」シリーズで書き留めて行くつもりです。このブログはしばらく渡航準備などについてのログになる予定です。

 

SSH Portforward でLANの中へ

PPTPがフィルタリングで使えない環境でもLANにアクセスするため:

  1. 対象ホストにSSHでアクセスできるようにする。本学の環境ではたとえば23456ポートにするとよい。
  2. フォワードサーバFを用意し、LAN内部の23456ポートをローカルの22222にローカルフォワードする
    ssh -L 22222:10.XXX.XXX.XXX:23456 サーバFのID@サーバFのホスト名
  3. あとはローカルの22222にアクセスすればよい

私の環境では対象ホストがQNAP NASである。sshdのポートを変更するには色々とゴチャゴチャしなければいけないという記事が散見されるが、プロセスを確認してみると、

[~] # ps aux | grep sshd
 4237 admin      3232 S   sshd: admin@pts/0                                         
 4269 admin       284 S   grep sshd 
23663 admin      1160 S   /usr/sbin/sshd -f /etc/config/ssh/sshd_config -p 22222

ということなので、NAS起動時に明示的にポートを指定しており、sshd_config を編集しても無駄のようだ。少々悩んだが Web インターフェースで設定できた。

 

教員と学生の垣根

D棟を学生食堂下から。このあたりに駐車し通学していたこともある。
D棟を学生食堂下から。このあたりに駐車したものだ。

6月23日に、母校である豊橋技術科学大学で特別講義を行ってきた。内容についてはこのエントリの本題ではないので省略するとして、学生気質について色々と思ったことがあるので書き連ねてみる。

自分が学生である時は感じなかったが、TUTの学生と教員の垣根は相対的に低い。講義中にも遠慮なく質問が来るし、きちんと反応がある。もちろんこれは特別講義という一発芸の背景は無視できないが、垣根は低いと感じた。京大はどうか。高いと感じている学生がマジョリティであろう。教員に質問するにはアポを取るのが常識であるし、講義よりも勉強とは自分でやるものという意識があるようだ。もっとも昔に比べ、最近の学生は講義に来るようになったと言われている。

TUTの学生教員の垣根が低いのはなぜか。これはTUT入学者の多数を占める「高専」出身者にその解があると考える。高専はたいてい40名ていどの固定的クラスで授業を受ける(演習を含む)。高専の教員は専門家ではあるが教育に軸足を置いている方が多数派であり、学生からの質問や相談には熱心に対応してくださる(中学卒業後5年間そのような環境で過ごせば身につかないはずがない)。実際私も高専卒業後もしばしば舞鶴高専を訪れ相談に乗ってもらったものである。加えて、TUTが高専出身という、同じようなメンタリティの集団であるからこそ、自分の意見が言いやすいということなのかもしれない(*)。

学生と教員の垣根は低ければ低いほど良いというものではない。京大のように学外の様々な業務を担当せざるを得ない大学においては、それなりの垣根がなければ回っていかないだろう。もしくは、そのように最適化されてきたのかもしれない。京大の学生諸君には、垣根に負けずに教員を積極的に使ってもらいたいものである。


* ある意味学生の多様性は低いと言わざるを得ないが、全国の高専から学生を集めているという多様性がある。

 

C/Migemoのインストール2016

ローマ字でi-searchができるようになる。migemo.elはMELPAに登録されているので必要な作業はバックエンドのC/Migemoだけである。

  1. http://www.kaoriya.net/software/cmigemo/ からバイナリをダウンロードしパスの通った場所(下の例では C:/Program Files/cmigemo/)に展開
  2. MELPAからmigemo.elをダウンロード&インストール
  3. inits/windows-migemo.elを以下のように設定
    (require 'migemo)
    (setq migemo-command "cmigemo")
    (setq migemo-options '("-q" "--emacs" "-i" "\a"))
    
    (setq migemo-dictionary (expand-file-name "C:/Program Files/cmigemo/dict/utf-8/migemo-dict"))
    
    (setq migemo-user-dictionary nil)
    (setq migemo-regex-dictionary nil)
    (setq migemo-coding-system 'utf-8-unix)
    ;(setq migemo-use-pattern-alist t)
    ;(setq migemo-use-frequent-pattern-alist t)
    ;(setq migemo-pattern-alist-length 1000)
    (load-library "migemo")
    (migemo-init)
    
    
 

Emacsの初期化をinit-loaderでカイゼン

.emacs.dが空の時に init.el を次のように作成。これはhiroakitさんの「init.elのスリム化を目指す」init-loader.el と package.el を導入して快適 Emacs ライフ」「package.elとinit-loader.elの同時利用での問題にハマった」を参考にさせていただいた。ありがとうございます。この状態で起動するとDDSKKとinit-loaderが環境によらず自動的にMELPAなどからダウンロード&インストールされるはずである。

;; init.el.onlyfirstinitialize
(defconst hp-inits-dir (concat user-emacs-directory "inits"))
(defvar hp-melpa-url "http://melpa.milkbox.net/packages/")
(defvar hp-marmalade-url "http://marmalade-repo.org/packages/")
(defvar hp-use-package-list
  '(
    ;; 以下に使用するパッケージを記述する
    ddskk
    init-loader
    )
)

(require 'package)
(add-to-list 'package-archives (cons "melpa" hp-melpa-url))
(add-to-list 'package-archives (cons "marmalade" hp-marmalade-url))
(package-initialize)

;;; 未インストールのパッケージを探す
(require 'cl)
(let ((not-installed 
       (loop for x in hp-use-package-list
             when (not (package-installed-p x)) collect x)))
  (when not-installed
    (package-refresh-contents)
    (dolist 
        (pkg not-installed)
        (package-install pkg))))

;;; 各パッケージの設定ファイルはinits以下に置く.init-loaderがそれを読み込む
;;; ファイル命名規則が存在する (例 : 10-hoge.el)
(when (require 'init-loader nil t)
  (setq init-loader-show-log-after-init 'error-only)
  (when (file-directory-p (symbol-value 'hp-inits-dir))
    (init-loader-load hp-inits-dir)))

次に、init.elのスリム化を目指す。上記初期化ファイルでは package.el と init-loader.el の設定があり、これをinit以下に分割することになるが、よく考えてみると init-loaderじたいもまたpackage.elに依存してるので、これ以上スリム化する必要はないかもしれない。

(defconst hp-inits-dir (concat user-emacs-directory "inits"))

(require 'package)
(package-initialize)

;; 各パッケージの設定ファイルはinits以下に置く.init-loaderがそれを読み込む
;; ファイル命名規則が存在する (例 : 10-hoge.el)
(when (require 'init-loader nil t)
  (setq init-loader-show-log-after-init 'error-only)
  (when (file-directory-p (symbol-value 'hp-inits-dir))
    (init-loader-load hp-inits-dir)))

inits以下にはロード順の順番、またOS別のプレフィックスではじまる初期化ファイルを、これまでのinit.elの資産を分割して作成すればよい。

c:/Users/uep/AppData/Roaming/.emacs.d/inits:
  total used in directory 11 available 189569992
  drwxrwxrwx  1 uep なし 4096 06-11 14:10 .
  drwxrwxrwx  1 uep なし 4096 06-11 14:09 ..
  -rw-rw-rw-  1 uep なし 1049 06-11 13:48 20-package.el
  -rw-rw-rw-  1 uep なし   44 06-11 13:11 30-ddskk.el
  -rw-rw-rw-  1 uep なし 1065 06-11 13:08 windows-initframe.el

パッケージを追加したい時は20-package.elで定義すれば自動的にインストールできる。

 

ジョン万への道(3) 教育研究データベース更新

申請書の締切りが過ぎていたという話の続きである。理系共通事務部を部局内締切り(*)である4月18日までに通し、チェックの後4月25日に本部に提出という流れだったのだが、部局内締切りを忘れてしまっていた(理系共通事務部の皆様すみません)。担当者には本当によくしてもらった。この場をお借りして深謝する。自分の中では4月25日に提出すれば良いと思っていたものを、できるだけ早く提出しなければならなくなったため、申請書は勢いで作成せざるを得なくなってしまった。

前置きが少し長くなってしまった。ジョン万プログラムの申請には受入先確保のほかに、業績の審査という実質的条件がある。これは業績リストの提出ではなく、本学の教育研究データベースを参照するということになっている。これはアドミニストレーションとして素晴しいことだと思う。このデータベースはUIの改善が重ねられ、J-Stage, CiNii, researchmap など外部データベースとの連携が実現されるなど優れたものである。しかしながら、業績の分類とそのインパクトには分野によって違いがある。たとえば文系であれば論文<著書となるし、紀要が論文に相当する分野もあるようだ。本学のような総合大学において、全ての学術分野に適用できる業績の分類は存在せず、少々違和感がありながら更新を行った。BiBTeXを直接読み込めるようになればほんとうに助かるのだが…。

この時点ではまだ受入先は「確実には」確保されておらず、申請書には先方とのやり取りを示すメールを添付している。(続く)


本学には「共通事務部」がいくつかあり、私の所属する学術情報メディアセンターの予算関連業務は本部理系共通事務部が一部所掌している。一部というのは、総務などはメディアセンターの事務が存在するからである。つまり、業務内容によって問い合わせ先が違うという構造になっている。

 

LaTeXでCV

恥ずかしながら英語のCVをはじめて作成した。もちろん若い時から世界的に活躍している方はこんなこと常識に違いないが私のような(ry 必要なものは以下の通り。

  • TeX Live 🙂
  • moderncv
  • jecon.bst
  • moderntimeline
  • multibib

jecon.bst 以外はすべてTeX Liveに含まれている。まずはtexmf-dist\doc\latex\moderncv\examplesなどにあるテンプレートを埋める。私は moderntimeline パッケージを使用した。使い方についてはStackExchangeのこのスレッドが参考になる。

テンプレートをpdflatexでタイプセットすると、テンプレートじたいのauxファイルのほか、定義した業績ブロックごとのauxファイルが生成される。たとえば、プリアンブルに以下の定義をした場合、

\usepackage{multibib}
\newcites{book,invitedtalk}{{Books},{Selected Invited Talk}}

book.aux, invitedtalk.aux が生成されるので、それぞれについてBibTeXを実行する。また、それぞれの業績リスト部分はたとえばこのようになっている。BibTeXでは出力のカスタマイズがひじょうに面倒であるが、jecon.bst を使えば解決する。

\nocitebook{2009wireshark}
\bibliographystylebook{jecon}
\bibliographybook{myworks}

\nociteinvitedtalk{2011alent}
\bibliographystyleinvitedtalk{jecon}
\bibliographyinvitedtalk{myworks}

さいごに再度タイプセットすれば完成する。誠に恥ずかしいが私のCV を晒しておく。

 

 

 

ジョン万への道(2) 受入先確保

ジョン万プログラム研究者派遣プログラムはその公募要領によれば、それなりのハードルがある。その中でいちばん重要なのは受入先の確保であろう。もちろん、若い時から活躍していて顔見知りが世界中にいる研究者はこんな記事を読む必要はなく、さっさと応募すれば良い。この記事では、いわゆる「飛び込み」で受入先を確保した実例について述べる。

大学教員であればそれなりの頻度で「Request for research opportunities」というメールを目にするが、受入先を0から開拓する場合、同様のメールを送信する側になる。残念ながらそういうメールはたいてい表現がおかしかったり、多数に送信しているのが見え見えだったりして返事をする気が起こらないものである。では、どうすればゴミ箱行きにならないメール文面を作成できるだろうか?もちろん、読み手にも依存する部分があるので正解はない。在外研究に行かれた知り合いの先生にアドバイスをいただき、以下を含めることにした。この他にも「サバティカル」「メール」「在外研究」などでググると同志の皆様のコンテンツにたどりつくかもしれない。

  • 客員研究員として訪問したい
  • 予算はこっちもちであり一切経費負担はない
  • 研究内容を調べた上で選んだ
  • CVを添付

ジョン万プログラムが海外派遣のためのグラントであるといっても、研究のための海外渡航であるから、行き先の選定は研究ドリブンにするのがいちばんスムーズである。私の場合、ここ数年ICTの教育利用、特にLMSに関係した研究を行っているため、そのような研究を行っている研究室をリストアップした。「Visiting Researcher Application」なるメールを数日かけて作成し、4/19夕方にリストのいちばん上の教授に送信した。

基本的に返事が期待できるものではないが、何と2時間後に早速返信があり、5/4にSkypeミーティングを行うこととなった。もちろん、これは私の送信メールが完璧だったという訳ではない。もしかしたら先方にしてみたら微妙な英語であったに違いない。

問題は、申請締切りが4/25であることだけのはずだったが、実はその前に4/18の「部局内締切り」というハードルがあった…。もう過ぎてるやん。(続く)。

 

海外出張時インフルエンザになった話

3月末に国際会議発表と研究打ち合わせのため、シドニーとブリスベンに出張したのだが、出張先でインフルエンザを発症してしまい、体力をかなり奪われ、回復するまで2週間以上かかった。いや正確にはまだ回復途上である。昨日前期はじめての講義があったのだがフラフラになりながらも何とか務めることができ一区切りついたのではないかと思っている。今回は2週間以上インフルエンザとそれに伴う体調の悪化に悩まされたことになるが、この経験は海外で病気になったときの対処や、国によって医療に関する文化の違いについて色々と勉強になったので、恥を忍んで書き残すことにする。

3月25日に出国し、ITM->HND->SYDの経路で、26日にイースター休暇真っ最中のシドニーに到着。27日に発表を行い、会議終了後の28日夜にブリスベンに移動する旅程である。シドニーのホテルをチェックアウトした28日から体調が悪く、ブリスベンに到着した28日の夜にはかなり高熱となり、ボーッとしていた。たまらないので持参していた解熱鎮痛剤を一度だけ服用した。思えばこれがあまり良くなかったのかもしれない。

ブリスベンでは29日にグリフィス大学を見学させていただいた。お世話になったW先生に感謝する。W先生にはせっかくレンタカーを借りているのでドライブをとすすめていただいたが、体調が悪くそれどころではなかった。この時点では熱は36度後半となり、一旦落ち着いていたため、熱が下がるまでさらに休養すれば良いと思っていたのである。しかし帰国する30日になっても、いっこうに熱が平熱まで下がらずボーッとした状態であった。このままでは帰国のフライトが地獄になる。クレジットカードに海外旅行の保険が付帯していることを思い出し、窓口に電話し30日の午前に受診できる病院を紹介してもらった。こういうこともあろうかと、「保険のご案内」リーフレットを持参しておいたのだ。

紹介してもらった病院はブリスベンの中心地にある日系のクリニックで、検査の結果B型インフルエンザであった(日本と同じく鼻の奥を採取する)。発症して48時間を越えていると思われることからリレンザの投与はできず、このまま休養し、発熱時には解熱鎮痛剤、抗炎症剤を服用するようにアドバイスを受けた。ちょっとビックリしたのが、薬が「○日分」ではなく、箱ごと処方されたこと。また、病院じたいかなりカジュアルな雰囲気で、診察中もフレンドリーに会話されるドクターであったのも少々びっくりした(日本人ドクターです)。これらの診察、投薬すべてはクレジットカード付帯の保険で賄うことができた。面倒な手続きは一切なく、クリニックで渡された書類にカード番号を記入するだけであった。今回はカード付帯とはいえほんとうに助かった。

帰国のフライトは案の定苦行となってしまった。もちろん解熱鎮痛剤を飲めば熱は抑えられる。しかしこれは免疫の働きを抑えていることに他ならないため、結局インフルエンザを長引かせることになってしまう。インフルエンザであることをCAに知らせると、色々と特別対応モードになった。どこのトイレを使ったかとか、鳥との接触はなかったかとか、うんざりである。別の話になるが、オーストラリアでマスクをしていると予想通り奇異の目で見られた。「He is a doctor.」とか言われたが気にしないことにした。

こんな調子で帰国しても熱が下がらないため、帰宅後の夕方病院に駆け込んだ。先生にオーストラリアで処方された薬を見せると、やはり箱ごと出していることに驚いていた。また、日本は医療保険に基づく診療が一般的だが、欧米はいわゆる自由診療のため、言わなければ、またお金を出さなければ、ある程度の診療で終わることが多いのではと仰っていた。病院がカジュアルな雰囲気であったことを思い出し納得した。ラピアクタ(点滴)を処方してもらい、体を温める漢方薬を出していただいた。

結局熱が下がったのが4/1で、その後も体調が戻らず4/5まで休暇をいただくことになってしまった。全力疾走できるようになったのが4/13なので2週間以上かかったことになる。ほんとうにインフルエンザは大病である。

 

ジョン万への道(1) 「在外研究」「サバティカル」?

学生の頃から海外で暮らしてみたいと思っていた。学部生のころ、交換留学生面談のため偉い先生の部屋に乗り込んでは自分の未熟さを露呈していた。(5年ビハインドがある学生ではあったのだが)ほんとうに若気の至りとしか言いようがない。その後の修士課程から学位取得まではそのようなコンテキストは一切なかった。

学位取得後最初の職場のポストは任期付きだったので海外どころではない。知り合いの先生が「サバティカル」というものでイギリスに行かれることを知ったが、もちろんその時は、それが何を意味するのか分からなかった。

2006 年に群馬大学に移りすぐに、知り合いの先生が「在外研究という制度でオーストラリアに一年間滞在したことが良い経験になった」と仰ったのを聞いた。まさにこれだと思い、事務局に「在外研究制度について教えて欲しい」と問い合わせたところ「法人化と同時に廃止になった」という回答であった。そのうち仕様書を書いたり、「システム最適化」「情報化推進」が佳境に入りそれどころではなくなった。この後、別の知り合いの先生がアメリカに一年間滞在され、オフィシャルな制度が無くなっても海外に行けることを知った。

2011年に京都大学に移ったが依然としてセンター業務があり、現場を離れるのは難しいというのが実感であった(教育コンとかOffice365とかうわなにをdksjfdlsk)。2014年になって、情報環境機構と学術情報メディアセンターの業務における関係が整理され、私は2015年4月から業務を外れることになった。そこで、念願だった在外研究への道を模索することにした。

まずは「サバティカル」「在外研究」という用語の整理から始めた。

によれば、サバティカルとは在外研究を実装する制度のようで、それを導入するかどうかは部局によるとなっている。解せないのはこの特例規則が平成16年4月1日、つまり法人化と同時に定められていることだ。それ以前はどうだったのか?

によれば、本学ではほぼサバティカルは機能していないと結論づけられている。じっさい、私が所属する学術情報メディアセンターではサバティカルの「サ」も聞いたことがないことから、導入されていないようだ。一方、研究のための休暇という印象を受けるサバティカルとは別に、本学には海外派遣制度がある。「ジョン万プログラム」がそれである。海外に行きたいなら、これに応募するのが良さそうだ。(続く)


ある教授に聞いた話だが、法人化前は京都大学(と東大)にはサバティカルに「行く」という概念はなかったようである。つまり「受け入れる」ことはあっても送り出す大学ではないという扱いだったそうだ。